会社経営者向けの相続対策について
社長(経営者)の相続対策が重要な理由
社長のうち、特にオーナー経営者の場合に、なぜ相続対策が重要なのでしょうか。その理由は、相続対策を万全にしておかないと、会社の「所有権」が社外に流出するおそれがあるからです。
株式会社の場合、「所有と経営の分離」の原則があります。この原則は、主に大企業にあてはまりますが、会社の所有権は「株主」にあり、会社の経営権は「代表取締役」にあるということです。
もっとも、中小企業のオーナー経営者の場合には、ほとんどが「100%株主=社長」であるため「株主」と「社長」の地位はイコールであり、オーナー経営者が存命中は、全て社長の一存によって会社運営をコントロールすることができます。
しかし、社長が亡くなって相続が発生したとき、全く相続対策をしていなかった場合には、会社の所有権を意味する 「株式」は、社長の相続人に、法律で定められた割合(法定相続分)に応じて相続され、分割されてしまいます。
生前の相続対策をしていなかった場合、社長1人が持っていた株式が、複数の相続人に分割され、争いの種となるだけでなく、会社経営に全く無関係の親族に、会社が所有されてしまうおそれがあるのです。
社長(経営者)の相続対策が必要となる財産
先ほど説明したとおり、社長(経営者)の死亡によって相続の対象となる財産は、社長の相続人によって相続され、分割されてしまいます。
社長の相続人が会社経営に興味がなかった場合には、これまでは会社のために利用していた財産を使うことができなくなる危険があります。
社長の妻子などの相続人が、社長が亡くなってもなお会社経営に協力的であればよいですが、会社に敵対的であったり、会社の財産には興味があるが経営方針が異なったりすると、会社運営の大きな支障となり、存続が困難となる場合もあります。
そこで次に、社長(経営者)の相続において、生前の相続対策が必要となる財産について、解説いたします。
(1)株式
社長(経営者)が死亡した際に相続の対象となる財産であり、生前の相続対策が最も重要なのが「株式」です。
「株式」を有する人を「株主」と呼び、株主が、株主総会における決議で、会社の重要事項を決定する権限を持っています。
つまり、「株式」は、会社の重要事項を決定する「議決権」を意味し、多く保有しているほど、会社の経営に関する決定権を持っているということです。
オーナー社長であれば、これまでは社長(経営者)が会社の所有者でもあったのですが、相続によって「株式」が分割されると、社長(経営者)ではない人が、会社の重要事項を決めることとなってしまいます。
このため、生前の相続対策をしないと、会社の重要事項を決めることのできる「株式」が、「前社長の相続人」に分散してしまうわけです。
(2)社長の個人資産
社長(経営者)の個人資産を、会社の事業のために利用していた場合には、その財産が、相続によって散逸してしまう危険があることに注意が必要です。
社長(経営者)の個人資産を会社の事業の用に供しているケースは、例えば次のような場合です。
- 社長(経営者)の所有する不動産を会社の事業所として使用しているケース
- 社長(経営者)の所有する自動車を社用車として使用しているケース
「当然、会社所有の財産に違いない。」と思って会社のために利用していた財産が、実は社長(経営者)の個人資産であった場合には、その相続人が、相続後の会社の事業に利用することを許してくれない限り、社長(経営者)の死亡後は利用できなくなるおそれがあります。
(3)会社への貸付金(役員貸付)
相続の対象となる財産には、不動産(土地・建物)、動産のように形あるものだけでなく、「債権」のように目に見えないものもあります。
特に、中小企業では、社長(経営者)が、業績が悪化していた頃に会社に対して貸付(役員貸付)を行なっていることがよくあります。
社長(経営者)から会社に対する貸付金を返してもらう権利(貸付金債権)もまた、社長(経営者)がお亡くなりになった際には相続の対象となります。
貸付金債権が相続されると、会社は、社長(経営者)の相続人に対して、法定相続割合に応じて借入金を返還する義務を負うことになります。
これまで、社長(経営者)自身が貸主であったことから、業績悪化などを理由に返済を先延ばしにしてきたところ、相続が起こったことによって貸主が変わり、即座に返済を求められる危険があります。
社長(経営者)が生前に行うべき相続対策
社長(経営者)の場合、相続される財産の中に、その経営する会社に関連するものが多く含まれており、生前の相続対策が重要であることをご理解いただけたのではないでしょうか。
次に、社長(経営者)が生前に行っておくべき具体的な相続対策について、解説していきます。
(1)会社と社長個人の財産を区分する
オーナー社長の場合には、会社の株式を100%社長が保有していることから、「社長=会社」といってよい状態になっています。
そのため、会社の財産と社長個人の財産の区別が曖昧になっており、社長個人の財産を会社の事業に利用していることが多くあります。「社長個人所有の土地上に、会社所有の社屋が建っている。」という例も珍しくありません。
しかし、社長(経営者)が死亡し、相続によって「社長=会社」と言える状態ではなくなったとき、所有権の帰属が異なることが大問題となることは明らかです。
これまで会社の事業に利用してきた社長個人の財産が、会社経営とは無関係な社長の家族に相続されるからです。
したがって、まず初めに着手すべき相続対策は、 会社の財産と、社長個人の財産とを、適切に区別する という財産の整理です。
(2)推定相続人に生前対策の重要性を説明する
オーナー社長が死亡し相続が発生したときに、特に会社の存続が困難となるケースは、社長(経営者)の相続人が、会社経営に敵対的であったり、従来の会社方針に反したりする場合です。
会社経営に協力的であり、相続財産の取得後もその財産を会社に利用させ続けてくれる相続人であれば、大きな問題とはならない可能性もあります。
会社の経営上、相続が起こった直後に突発的に問題が起こらないよう、あらかじめ、社長の推定相続人に対して、相続が発生したときに会社との関係でどのような問題が生じるか、詳細に説明しておく必要があります。
そのため、オーナー社長としては、生前の相続対策の一環として、 相続人となる妻子などに対して、自分の財産状況、会社経営との関係などの重要な事項について説明してください。
(3)遺言を作成する
遺言書を作成することによって、社長(経営者)が死亡した後の相続についてのルールを、生前にある程度決めておくことができます。
遺言には、大きく分けて、公正証書遺言、自筆証書遺言及び秘密証書遺言の3種類がありますが、弁護士や公証人といった法律の専門家に任せることができ、死後に 無効となりづらい「公正証書遺言」の作成がお勧めです。
遺言により、社長(経営者)の個人資産であるけれど事業に利用している財産や社長の株式について、相続人ではなく会社自体又は事業承継する後継者に帰属させるよう定めておきます。
遺言書は、死亡するまで何度でも撤回や変更をすることができるので、会社の状況、家族の状況によって、その都度、必要に応じて書き直すことができます。
「遺留分」とは、法律に定められた相続人が最低限相続することを保証された財産の割合のことであり、「遺留分」に満たない財産しか相続できなかった相続人は、「遺留分侵害額請求権」を行使することによって、遺留分が侵害されている額の金銭の支払を他の相続人等に請求することができます。
社長(経営者)の財産に占める株式の価値が大きすぎる場合、「遺言」によって、株式を会社又は事業承継の後継者に取得させようとしても、「遺留分侵害額請求権」を行使され、金銭の支払を余儀なくされるおそれがありますので、生命保険等を活用するなどして、その支払原資を確保しておく必要があります。
(4)後継者に事業承継をする
生前から事業承継の検討を進めておくことによって、よりスムーズに、思いどおりの経営権の承継が実現できます。
事業承継には、親族へ承継する「親族内承継」、親族以外の役員や幹部社員へ承継する「社内承継」、第三者へ会社を売却する「M&A(事業売却)」の3種類があります。
後継者が決定していても、後継者にふさわしい能力を備え、社内の信頼を勝ち取るためには一定期間がかかりますので、事業承継への早めの着手が重要です。
(5)退職慰労金(死亡退職金)について
最後に、社長やその家族の立場で社長の死亡した後のことを考える場合には、「退職慰労金(死亡退職金)」が存在するかという点にも注意しておきましょう。
在職期間中に亡くなった社長に対して退職金を支給する場合には、就業規則や退職金規程であらかじめ定めておくことが必要です。
死亡退職金が存在する場合には、退職金が相続争いの火種とならないよう、社長が死亡した際に誰が退職金を取得するかについても、遺言などで定めておきましょう。
まとめ
今回は、オーナー経営者の社長が最も不安を感じることの多い社長の死後の問題について、弁護士が解説しました。
社長が大半の株式を所有しており、その株式の価値が高い場合(会社の業績が良好な場合)ほど、生前から相続対策を準備しておかなければ、会社経営に大きな支障が生じ、残された「会社」も「家族」も双方が不幸になってしまうおそれがあります。
特に、少子高齢化による「人手不足」と「後継者不足」が社会問題化している昨今では、規模や業種を問わず、「事業承継」が全ての会社の経営課題と言っても過言ではありません。
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この記事の執筆者
武蔵野経営法律事務所
弁護士 元さいたま家庭裁判所家事調停官
加藤 剛毅
専門分野
相続、不動産、企業法務
経歴
埼玉県立熊谷高校から早稲田大学法学部に進学。卒業後、平成16年に弁護士登録。平成21年に地元である埼玉に弁護士会の登録替え。平成26年10月より、最高裁判所よりさいたま家庭裁判所の家事調停官(いわゆる非常勤裁判官)に任命され、4年間にわたり、週に1日、さいたま家庭裁判所に家事調停官として勤務し、数多くの相続事件を担当。平成30年5月に武蔵野経営法律事務所を開業し、現在に至る。
家事調停官の経験を活かし、相続事件の依頼者にとって最適な解決に導くサポートを実施している。
家事調停官時代の件数を含めて、相続事件の解決実績は500件以上に上り、地域内でも有数の実績である。