親の土地の上に家を建てて住んでいるのは特別受益?
昨年Aさんの父親が亡くなり、父親の遺産の分割について相続人間で協議しているが、話がまとまらない。
相続人は、次男であるAさんと、長男B、長女Cの3人であり(母親は5年前に亡くなっている。)、また、遺産は、土地(更地評価3000万円)と預貯金900万円だが、土地の上には、10年前に長男Bが父親の了解を得て建てた建物が建っている。
Bは、当然、自分が所有する家を手放すつもりはないので、父親からこの土地を自宅敷地として無償で使用する権利をもらっていると主張している。
Aさんは、Bの家を取り壊せとまで言うつもりはないので、Bに対して、土地のAさんの相続分3分の1を買い取ってほしいと言っている。代金額は、土地の評価額が更地なら3000万円なので、その3分の1にあたる1000万円と考えている。
また、Aさんは、Bは、父親の土地を10年間無償で使用してきたので、少なくともこの分の利益を得ており、この10年間の土地使用料(近隣の地代相場からすると年間50万円程度)の生前贈与を受けたとして、遺産分割に当たっては、この生前贈与も考慮してほしいと考えているが、どうか。
弁護士の解説
子供が親の土地に家を建てて親と同居するということはよくあることですが、こうしたケースでは、親が亡くなった後の遺産分割が難しくなります。上記の事例はこうしたケースの典型であり、Aさんの考えはもっともだとも思われますが、裁判実務の考え方は、Aさんの考えとは少し異なります。
土地の評価
まず、土地の評価について考えてみます。
被相続人が、生前に、推定相続人に対して、被相続人所有の土地上に推定相続人所有の建物を建築することを許容し、無償で被相続人の土地を使用することを認めている場合は、原則として、その土地に、被相続人を貸主とし推定相続人を借主とする「使用借権」が設定されたと考えられます。
「使用借権」というのは、簡単に言うと、無償で物を借りる権利です。賃料を払って物を借りる場合は賃貸借ですが、賃料を払わないで無償で物を借りた場合は、使用貸借となるのです。
本件でも、遺産である父親の土地の上には長男が建てた建物が建っており、父親は、生前この建物で長男夫婦と同居していたのですから、父親を貸主としBを借主とする使用借権が設定されたと考えられます。
土地に使用借権が設定されると、その土地は、使用借権を持っている人を追い出さない限り、自由に使用することができなくなりますので、その分価値が下がります。
では、使用借権の価格は、一体どれくらいなのでしょうか。
裁判実務の取り扱いでは、使用借権の価格を更地価格の1~3割程度とみています。
これによると、本件のBの持っている使用借権の価格は、土地の更地価格の1~3割に当たる300万円から900万円であり、遺産である土地の価格は、更地価格3000万円から、この300万円から900万円を差し引いた2100万円から2700万円ということになります。
もっとも、本件のBの持っている使用借権は、生前に父親から無償でもらったものですので、原則として特別受益とされ、具体的相続分の計算に当たっては、持戻し免除が認められない限り、持戻しをする必要があります。
生前贈与
では、Bが父の土地を10年間無償で使用してきたことによる土地使用料相当額500万円(50万円×10年)は、生前贈与として、持ち戻す必要があるでしょうか。
この点については、実際にこのように考える方が多く、弁護士でもたまに勘違いをしている人がいるので無理もないのですが、実務上は否定されています。
その理由は、使用期間中の使用による利益は、使用借権から派生するものであり、使用借権の価格の中に織り込まれていると考えられるからです。
なんとなく釈然としない方もいるかもしれませんが、使用借権ではなく所有権で考えると、よくわかります。
Bが父親から土地の生前贈与を受けてその上に家を建て、10年間居住したとしましょう。遺産分割に当たっては、当然この土地の生前贈与は特別受益となりますので持ち戻すことになりますが、持ち戻されるのは、あくまで生前贈与を受けた土地の価格だけです。この場合、10年間の土地の使用利益を持ち戻せという議論にはなりませんが、使用借権の場合も同じです。
相続人の相続分
以上を前提に、本件のAさん、B及びCの具体的相続分を考えると、次のようになります(なお、使用貸権の価格は、更地価格の2割の600万円とします。)。
- 遺産額 土地 2400万円(=3000万円-600万円)
預貯金 900万円 - 特別受益額(Bの使用借権相当額)600万円
- みなし相続財産額 3900万円
- Aさん及びCの具体的相続分 3900万円×1/3=1300万円
- Bの具体的相続分 3900万円×1/3-600万円=700万円
この結果、Bが遺産である土地全部を取得したいときは、預貯金全部900万円をAさんとCに渡したとしても、計算上は、AさんとCに850万円ずつ代償金を支払わなければならないことになります。
この記事の執筆者
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専門分野:相続、不動産、企業法務
経歴:埼玉県立熊谷高校から早稲田大学法学部に進学。卒業後、平成16年に弁護士登録。平成21年に地元である埼玉に弁護士会の登録替え。平成26年10月より、最高裁判所よりさいたま家庭裁判所の家事調停官(いわゆる非常勤裁判官)に任命され、4年間にわたり、週に1日、さいたま家庭裁判所に家事調停官として勤務し、数多くの相続事件を担当。平成30年5月に武蔵野経営法律事務所を開業し、現在に至る。
家事調停官の経験を活かし、相続事件の依頼者にとって最適な解決に導くサポートを実施している。
家事調停官時代の件数を含めて、相続事件の解決実績は500件以上に上り、地域内でも有数の実績である。
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